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(2003/1/27 プロパン・ブタンニュース)

タプロス社長
木村 繁氏
歌仙・羽後の宿の巻

 乾鮭からざけも空也くうやの痩せも寒の内。七部集の「猿蓑」所出の句である。昨年12月25日、年の瀬も押し迫ってから秋田市にタプロス株式会社の社長・木村繁さんを訪ねた。本稿の取材のためである。秋田新幹線「こまち号」に乗れば東京から秋田まで4時間余で到着する。その間、『猿蓑』を読んだ。そんなわけで「乾鮭も……」を誦しながら秋田駅に降り立った。「乾鮭」は鮭の腸を取り去って乾燥したもので、松前・秋田産のものを極寒を凌ぐ食養生として芭蕉のころ玩味した。「空也の痩せ」は、空也僧、すなわち鉢たたきの哀切感を言っているのである。空也僧は11月13日の空也忌から12月晦日の48夜、洛中・洛外を鉦をならして念仏を唱えて勧進する。寒夜に腸を凍らせるような鉢たたきの寒行は京の冬にあわれを添える。折しも秋田地方は寒波襲来で雪が舞っていた。
 タプロス40年史抜粋
 昭和31年1月、秋田市土崎港に日本石油ガス特約店として大平プロパンを設立。35年5月、秋田県毅保町に県内第1号の充填所を開設。41年2月、木村重雄社長が秋田県LPガス保安協会長に就任。同年8月、共同石油と特約店契約を締結。47年8月、県中央地区に県業界初の卸・販売店共同型配送センターを設立。50年12月、横手市外目に横手充填所開設。56年8月、県南地区に協同組合県南LPガス供給センターを設立。57年6月、秋田市寺内神屋敷に秋田充填所を開設。58年11月、木村重雄社長が保安功労者として通産大臣賞を受賞。61年5月、木村社長が秋田県協会長に再任。平成元年12月、鷹巣町の佐々燃ガスセンター充填所を大平プロパン鷹巣営業所・充填所に名称変更。4年12月、CI推進の一環でタプロスと社名を変更。5年2月、木村社長が会長に、木村繁専務が社長に就任。7年11月木村会長が勲五等瑞宝章を受章。8年8月、新本社ビルを秋田市寺内後城の7号線沿いに竣工して移転、併せて創業40周年パーティーを行った。

GHP設置状況
(14年5月15日現在)
部  門  台 数  馬 力 数 
. . 本社直売 106 1,199.0
横手直売 35 489.0
本荘営業所 18 250.4
大館営業所 6 73.5
鷹巣営業所 5 48.0
能代営業所 25 244.5
195 2304.4
. 本 社 卸 140 1,471.5
横 手 卸 95 980.0
県 北 卸 5 77.5
240 2,529.0
合 計 435 4,833.4

 器具販売なくしてLPGの増販なし
 社史抜粋に見るように平成4年12月1日新社名をタプロス株式会社とした。タプロスの「タ」は旧社名「太平プロパン」の「タ」、「プロ」はプロパン、プログレス、プロフェッショナルの意味を持ち、「ス」はサービス、セーフティーのSである。
 そして同5年2月の株主総会で木村重雄社長が会長に退き、木村繁専務が社長に就任した。繁社長は、専務時代に父、重雄社長が敷いた路線を忠実に守り、本社営業企画部長を兼務してCI活動の指揮をとった。
 太平プロパン時代から続いている系列店を含めた太平プロパン会(今はタプロス会)研修会、同ロングランセール、チャレンジセール、ほのぼのフェァは来場者、参加者数、売上高とも年々前年の記録を更新した。ガス器具の販売なくしてLPGの増販なしとしてグループ全体で競い合っている。その成果の一例をGHP設置状況に見れば次表の通りである。秋田県だけに特化した市場でこの実績は評価に値する=表参照。
 財務体質の強化
 タプロスは12月1日から新年度(第48期)に入った。新年度の冒頭に社長は「行動指針」と「基本方針」を明示した。
 それは次のようなものである。
 行動指針―お客様の要望には誠意をもって対応し、環境の変化には積極的に挑戦します。
 基本方針―@保安対応・クレーム対応は、すべての仕事に優先せよAエネルギー販売で、サービス・価格・セーフティーで日本一を目指すB環境や地域社会に対しては、積極的に貢献せよ。
 社長はこれらの説明の中で、お客(市場)を大切にしよう、そして基本に忠実であれと強調した。さらに経営的には財務体質の強化に心掛けねばならないと述べた。そのチェックポイントは、@自己資本比率A流動比率B借入金月商倍率だと言う。銀行筋はLPG流通業を恵まれたよい業界と見ているが、やがて財務体質のよい会社を選別することは必定である。因みにタプロスの直近の売上高は約29億2千万円、経常利益約1億1千万円である。
 絶妙な二代目へのバトンタッチ
 比内鳥ひないどり鍋に煮えけり羽後うごの宿。むすこの雄弁を聞き入る父御ててご。故里ふるさとの声を聞かばや阿仁あにの里さと。くまげらが栖すみ いぬ鷲の翔とぶ。歌仙・羽後の宿の卷をまいた積もりである。重雄会長は長引いたインタビューを待っていてくれた。会長、社長お揃いでの夕餉に招待された。雪は降りつづき、夜は更けていった。社長のバトンタッチが見事に行われたものよと感銘を受けた。「乾鮭も……」から始めたので歌仙もどきでこの稿を終える。

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